和田と小宮の次のやりとりは、『文學論』と『文學評論』についてであるが、『文學論』については、すでに連載第2回でその一部を以下のごとく示して置いた。
(2)次は、ノートの後半だが、第8巻の『文學論』に関して、和田が、第二次までの重大な脱落、第四編第二章「投入語法」中の中頃の段落冒頭の2文がそっくり脱落、を発見したことを記しておきたい。和田はこの2文を原稿用紙に書き、添付している。以下の部分である。
文學論・文學評論
頁 行 原稿(赤 夏目先生 黒 中川氏) 大型再版 全集
五二 一三 同情ノ愛(愛に赤で?) 同情の愛 同情等
沙翁その他の引用句中夏目先生の赤書が万一誤つて居た塲合には如何に処置いたしますか。 引用文は夏目先生のもの(ものに下線)ではなき故市川氏の御直しがあればそれに從ふべきですか。
(和田は、五二 一三のノート上欄に、青鉛筆で、「夏目先生の記された?符は如何にいたすべきや」と記す。)
例へば
七五 九 Princess (ss が赤) Princess Princes
小宮: ○引用文はすべて市川氏の直しに從つて下さい。
注: なお、「市川氏」とは言うまでもなく、英語学者、市河 三喜(いちかわ さんき、1886年2月18日 - 1970年3月17日)のことである。このノートの表紙裏には、その住所(牛込区北山伏町二五)と(大正14年)「二・三(火)仙。 二月二三四日 不在 二週間目毎 火」の記入がある。
和田: それから引用句に夏目先生は 夛くの塲合 行を示して居られませんが、全集は一々行を示して居ります。それも全集に從つてよろしきや。
小宮: 是も全集どほりに願ひます。
和田: 又左で縦來の全集に從ふのみで原著再調する必要は御座いませんか。
八八 八 落ち附きたる而つて情の(赤書き)
落ち附きたる情の 落ち附きたる、従つて情の
原ヲツケル
九一 一一 瓶 瓶 瓶 瓶
小宮: 而 は此まゝに、或は原に
この後、小宮のメモが、上段と本欄に続く。
小宮: ○先生の ? は中川の注意をうながしたわけですが、中川は夫をどうもしなかつた部分とどうかした部分があるのでせう。 瓶(` あり) とし 同情等(等に `)とする事の方が、全体の文意の上から合理的であるならば、どうかさう なほして(4字に `)下さい。 ? はつける必要はないと思ひます。
小宮: 夫から僕の處に全集(2字共 `)の文學論及文學評論等がないのですが、もしやあなた方の處に置いてゐやしないでせうか。もしあつたら届けて下さい。もつとも是は序の節で結構です。今日は本がないから 瓶 並びに 愛 の處置を考へてきめるわけに行きかねます。あなたの方でよろしく御計つて下さえい。
(和田の赤インキ)以上すみ。それに、日付、 (十二月丗一日でしめる。もちろん、大正13年12月31日のことである。
年が明けても、『文學論』の質問は続く。ここの回には、連載第2回に掲載した、脱落の発見も含まれる。
第八巻 文學論・文學評論
頁 行 全集 原稿 大型再版
二六二 五 書齋 小齋 小齋
和田:(小に関して)原○を附すべきや 此まゝにてよろしきや。
小宮: 小(原)齋 と記入
和田: 原稿に 連想、 聯想 混合し、再版並びに全集に 聯想 に統一してあるものは再版における先生の御訂正と見るべきや。或は 編者のなしたるものと見て 連想 連想 何れも先生に從ふべきものにや。
小宮: 聯◎ で統一
和田:
二六四 三及四
欧文のアンダーラインは、此処丈 アンダーライン なるや。他の塲所は 原稿に示された アンダーアイン は イタリック とすべき記なり。
小宮: 此處は イタリック が可いと思ひます。但し是は市川氏の返事どほりにして下さい。
和田:
此巻には書名に 五号の 『 』が使用してあります。
從来は 『 』は皆小型のを使用して參りましたが(第十巻目次御参照)此巻は如何いたすべきや
小宮: 是は從来のとほりでよろしかろうと思ひます。
和田:
二九〇 十三 the Dean and Chapter ’ ”
(この ’)ハアラザルカ?
小宮: ’ が一つ必要でせう。夫から前の行の
Why, child
といふ child ノ次ニモコムマが入りさうです。是も市川氏にきいてください。
(和田: 全集二五七=二 の脱落については 既載のとおりである。)
和田:
二一六 一五 乖離せざる程度の記述を筆し〈筆 を赤で 草〉
の記述の述は原稿(赤で、◎? 記下部 )の字が読めません。御判読をこふ。
(尚原稿裏頁 邦文第一行に先生の「記述」といふ筆跡あり。)
小宮: どうもわかりません。然し 述 でよろしかろと思ひます。
和田:
多田斉司氏の書簡を御一読下さい、 実は返事をまだ出して居りませんが、 如何いたしませうか。(松江高校附属 大正四、 英文)
(以上すみ)
(注: この書簡については、連載第3回を参照。松江 奥谷、一九二 多田齋司さん。この回に紹介したはがきの送り主である。)
(連載第12回へ続く)