TOP

印刷文化論
担当教官:山下浩
ウェブサイト「青空文庫」について
200101063  社会工学類二年次  矢田 衣津美
 
0.はじめに
 今回、印刷文化論のレポートとして「青空文庫」という文学作品の電子化をすすめているウェブサイトについて取り上げることとした。
 パソコンが普及した現在、私たちはインターネットを通じてさまざまな情報を廉価で、しかも素早く手に入れることができるようになっている。青空文庫も、著作権の切れた文学作品をデータ化し、私たちに提供してくれる非常に有意義なサイトであると思う。実際に、私自身もこのサイトをよく活用している。
 私は、青空文庫の仕組みや、利点、問題点などを調べ、青空文庫がより良質なサイトになる方法があるとしたらそれを提案したいと思う。
 
1.青空文庫の仕組み
 
 青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)は文章の電子化を行い、それらを自由にダウンロード・閲覧することができるようになっているウェブサイトである。文書には大別すると、1)対価を求めない作家の原稿・2)著作権の消失した文学作品の二種類があり、現在では数百人を越える作家の作品が電子化され、青空文庫のサーバにアップロードされている。
『(保護期間の原則)
第五十一条 著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まる。 2 著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)五十年を経過するまでの間、存続する。』
 とあるように、著作物は著作者の死後五十年が経つと権利が消え、許可を取らずとも自由に扱えるようになる。青空文庫ではこれを利用し、明治時代〜昭和初期の文学作品を多数電子化している。
 電子化作業は、基本的に有志のメンバーが行っている。作業には誰でも参加することができ、数人の世話役を中心に大勢の「青空工作員」と呼ばれる人々が参加している。用意されたマニュアルに従い電子化を行い、校正を通して青空文庫にアップロードされる。サイトでは入力中の作品と作業段階も作家別に調べることが可能だ。既に電子化された作品についても、誤字や入力ミスを見つけた場合には、工作員でなくても電子掲示板でそれらを指摘できるようになっている。
 青空文庫では、作品を読む前に作品に関する各種の情報が記載されている。
1)図書カードNo.……青空文庫内での番号がつけられている
2)作品・作品名読み・著者名
3)作品データ……作品について(あらすじ)・仮名遣い種別(新字新仮名など)
4)作家データ……作家名・作家名読み・ローマ字表記・生年・没年・人物について(生  い立ちや経歴など)
5)底本データ……底本・出版社・初版発行日・入力に使用した版
6)工作員データ……入力・校正した工作員の名前
 作品は、作家名と作品名それぞれに五十音別に並べられていて作家と作品には番号がつけられている。作品を対価なしで提供している作家には「*著作権存続*」という目印もつけられているので、閲覧者が作品を参考・引用する際にも分かりやすい。
 
2.実際の書籍との比較と利点
 電子化された作品については、一作品について四つのファイルタイプが用意されている。
 まず、テキストファイルが二種類あり、ルビのあるものとないものがある。底本にルビがふってあるものについて、「林檎《りんご》」のように《》で囲っている。このようにルビについて処理されたテキストを、それに対応したテキストビューアを利用して閲覧すると、漢字の横にルビがでてくるように整形される。ルビに対応したテキストビューアは主に文章が縦に表示されるので、パソコン上でも実際の本のように表示することが可能だ。同じ作品でも出版された時期によって仮名づかいに違いが出るのだが、新仮名づかいと旧仮名づかいの両方がある作品もある。下の図は、テキストビューア「smoopy」を利用してルビの付いたテキストを表示した例である。
 
 次に、HTMLファイルが用意されている。これは外字も画像によって表示されるようになっている上に、ファイルをダウンロードしなくてもブラウザ上で直接作品を読むことができる。
 また、エキスパンドブック形式といい、専用のソフトを使うファイル形式だが、ページをめくるアニメーションなども再現され、実際の書籍を読む感覚でデータを読めるようになっている。
 実際の紙に印刷された書籍と比較すると、電子化された作品はパソコンで閲覧するのに特化しているといえるだろう。どの形式でも文字の拡大や色の変更で、自分の読みやすいように見た目を変えることができる。しかし印刷して紙媒体で読むには細かな整形が必要なので向いているとはいえない。
 電子化された作品には、書籍と違った利点がいくつかある。
 一つは、安価にテキストが手に入るという点だ。文庫の場合、書店で購入すると約五百円ほどかかるが、テキストデータをダウンロードするには通信料だけしかかからない。比較すると非常に安価だ。また、短編や詩の場合は個別にダウンロードできるのでその点も便利だ。同時に、書店に行く必要もなく、パソコンがあれば作品の内容を知ることもできる。
 また、電子化されたデータの場合、視覚障害者にも便利であると思われる。パソコンでは文字の大きさや見た目が変更できるし、文章を読み上げるソフトも多く出回っているからだ。
 青空文庫内の作品は、データのままではパソコンがないと閲覧することができないため、携帯性という面では書籍に劣るが、モバイル用のテキストビューアもあり、この欠点も克服しつつある。
 
3.問題点
 青空文庫の運営で大きく関わってくるものが、著作権法だ。著作権は著作者が著作物を創った時点で発生するものであり、例えば小説家が書いた原稿を出版社を通じて出版するならば、原稿を書いた小説家と編集を行った出版社の両方に著作権が生じることとなる。第三者の著作物を無断に利用してしまったり自分のものであるように偽ることは著作権法に触れる行為である。
『(編集著作物)
第十二条  編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。
 2  前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。』
 青空文庫でも、著作権が切れていない作品を電子化することはできない。過去に十四世紀頃の作品を電子化しようとした際に、校訂者の著作権について明確でなかったため、電子化はしないという方向で結論が出た例もある。このように、著作権については慎重に調べなければならない。現在、青空文庫では「著作権の切れた作家」のリストを作り、自由に電子化できる作家の作品がすぐに分かるようになっている。
 また、青空文庫内のデータは実際の書籍と比べて同価値なのだろうか、という疑問もある。著作権の切れている文学作品は、新しいものであっても昭和初期頃の作品が多く、その時代では初出は旧仮名づかいで書かれている。しかし、青空文庫の作品は新仮名づかいのテキストがほとんどだ。底本の時点で仮名づかいが直されて出版されていたという可能性もあるが、青空文庫では工作員が任意で仮名づかいを変えることも例外的に認めている。以下は、青空文庫内の電子化のマニュアルからの抜粋である。
『●ただし旧漢字、旧かなのテキストが、私たちの多くにとって読みにくいこともまた事実です。現代表記にあらためたものがあれば、それを底本とすることで読みやすくできます。けれど、すべての作品で書き換え版が用意されているわけではありません。
●そこで、旧字、旧かなの書きあらために関しては、作業を進める上での目安を定めた上で、例外的にこれを認めることとします。自分自身で書き換えを行おうと考える人は、「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」にそって、対処してください。』
『同一性保持権の条項には例外規定が設けられており、「やむを得ないと認められる改変」については許すとされているのです。
 読めるものにするために、漢字とかなづかいを最小限変えることは、この「やむを得ないと認められる改変」に該当し、著作権侵害にはあたりません。』
『 旧漢字、旧かなづかいによる原文を、新しい表記にあらためたものを底本とする場合、その本の通りに入力していくことは、果たして許されるのでしょうか。
 青空文庫の呼びかけ人は、「許される」と考えています。
 すでに青空文庫では、表記をあらためたものをもとに多くの作品を入力してきましたが、そうした際も、出版社に連絡したり許可を取るといったことはしていません。(中略) 著作権法は第二章、第一節で、著作物にあたるものをより細かく示しています。第一二条には、著作物の範囲を広めに規定した、編集著作物に関する次のような定めがあります。
「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」
 この規定によって、論文集やアンソロジー、歳時記の構成といったものは、それ自体が著作物として保護されていると考えるべきでしょう。
 これらに関しては、たとえ収録されている個々の作品の著作権がすべて切れていたとしても、編集に当たった人の死後50年を経ないうちは、組み合わせや並べ方をなぞることは許されません。
 ただし、表記の改変が、ここでいう「素材の選択又は配列によって創作性を有するもの」に当たらないことは明らかです。』
 著作物における改変がどこまで認められるか、ということに関しては著作権法にも明記されている。
『(同一性保持権)
第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
 2  前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
 一  第三十三条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)又は第三十四条第一項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
 四  前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変』
 私たちが実際に文学作品を(研究目的などで)引用する際には、このようなことも気にかけてしまうのではないだろうか。有志によって仮名づかいが変えられたデータより、出版社が仮名づかいを変えて発行した書籍の方を、例え結果が同じであっても選んでしまわないだろうか。
 著作権が切れた作家に関しては、著作物をどのように改変させても自由だ。しかし、「○○という作家の○○という作品」という質をどこまで保持できるかが問題ではないかと思われる。
 インターネットの普及に伴い、情報量は膨大なものになっているため、私たちは本当に価値のある情報を選りすぐらなければならない。現在では、インターネットで流れる情報よりも、書籍となった情報の方が信頼のおけるものだと考えてしまうだろう。名のある研究者が書いた論文と個人の書いた日記が同等に流れている環境において、情報が本当に価値のあるものかどうかを見極める、また価値のある情報であることを明らかに示す、ということは難しいのが現状だ。
 
4.考察
 青空文庫は、膨大な量の文学作品の電子化を行っているという時点で、非常に有益なサイトだと思われる。インターネットで簡単に作品をダウンロードでき、すぐに読むことができるということは、利用者にとって大きな利点だ。しかし、私たちは本を読んでいる方が「ホンモノ」を見ている気になるのではないだろうか。やはり、私たちはインターネットで流れる情報に対して少なからず不信感があるように思われる。
 しかし、青空文庫の需要がますます増えてきていることは確かだ。収録作品も笛、多くの人が青空文庫を利用するようになるだろう。
 頻繁にこのサイトを利用している私としては、青空文庫がより多くの人に利用されることは非常に嬉しく思う。と同時に、実際の書籍と同様な価値が認められればさらに有益なサイトになるのではないだろうか。
 
参考文献・資料
・青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/
・インターネット時代の著作権
富樫康明 2000年 日本地域社会研究所
・文化庁(著作権法の参照)
http://www.bunka.go.jp/
・Site Clue(テキストビューア「Smoopy」開発元)
http://www.niji.jp/home/itoguchi/